根岸線工事記録まえがきより抜粋

 根岸線の歴史は古く、昭和11年横浜市は決議を添付して運輸大臣に請願、 翌12年4月「桜木町より北鎌倉に至る鉄道」として鉄道敷設法別表に掲げられた。
 日華事変の勃発により中断されたが昭和27年頃からこの問題に関する論議が再発し、 根岸湾臨海工業地帯の造成計画と絡み全市民的な運動が展開され、 昭和32年4月鉄道建設審議会において「桜木町より大船付近に至る鉄道」の着工が採択され、 同年運輸大臣の許可を受け昭和34年から建設工事に着手したものである。
 昭和39年3月23日日本鉄道建設公団が設立され、国鉄の事務を引継ぎ 同5月19日に桜木町・磯子間7.5kmを開業、続いて磯子・大船間の線路選定作業に入り、 折柄横浜市における国際港都建設計画の一環として日本住宅公団により 同市西南部に洋光台及び港南台土地区画整理事業が計画され、民間における沿線の再開発計画、 旧海軍大船燃料廠跡地の米軍からの返還、国鉄東京・小田原間線増計画等の具体化を見るに至り、 昭和41年8月9日磯子・大船間工事実施計画の運輸大臣許可を受け直ちに建設工事に着手し 同45年3月17日に磯子・洋光台間4.6kmを、同48年4月9日には洋光台・大船間8.0kmを開業して 国鉄の施行分を含め桜木町・磯子間20.1kmの全通を見たものである。
 京浜工業地帯の中心地である横浜における産業経済の伸張は著しく、 これら通勤者及び貨物輸送等を預かる東海道線は京浜地区で飽和状態に達し、 この区間のバイパスとも云うべき本路線の完成により地域産業の発展は一層促進される。
 本路線は横浜市における工業地帯商業地帯並びに住宅地帯を結ぶいわば培養路線として 地域振興に極めて重大な影響を与えるものであり、かつ首都圏交通網の一環として 横浜市と湘南地帯を結ぶ重要な路線でもあり沿線の開発に寄与するところ誠に大なるものがある。
 根岸線磯子・大船間12.6kmは総工事費144億円と9年間の歳月とをかけ、 幾多の困難を克服して完成したものであり、都市交通路線の建設として社会経済の変動甚だしい時期に、 しかも公害を中心とする一般公共事業遂行上の厳しい環境の中で施行された異色の建設線である。
 こゝに計画調査経過、工事実施計画、部外協議経過等に重点を絞り根岸線工事記録として とりまとめ後に遺すことは意義のあることである。
 後日の参考となれば幸いである。

  昭和49年1月

日本鉄道建設公団 東京支社社長  平 岡 治 郎


※誤字・誤記がありますがこれは原文のままです。(^^;

※この資料を閲覧したい場合は、横浜中央図書館3Fの64番の本棚(516.1)にあります。

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